愛情欲求の満たし方【実体験も交えて】

精神

はじめに

私は今もたまに情緒不安定になることもあるのですが、
昔よりは改善してきたと思います。

そこで今回は、どのようにしてある程度情緒不安定を和らげることができたのかを紹介したいと思います。

参考にしていただければ幸いです。

もっていると苦しい上に、人間関係も上手くいかない

愛情飢餓とはどんな状態か

愛情飢餓感とは、読んで字のごとく、愛に飢えている状態のことをいいます。
そしてなぜ、愛に飢えてしまうのかというと、子供の頃に親に十分に愛を与えられなかったからであると考えられます。

私は、食べ物が身体にとっての栄養であるように、愛が心にとっての栄養であると考えています。
そして、肉体的のみならず精神的にも飢えというのは苦しいものであると思います。
肉体であれ精神であれ、飢えていればそれを満たしたいと考えるのが当然の欲求であると思います。

そのため愛情飢餓感をもつ者は、その飢えを満たすために、誰か親代わりになってくれる他人を探すだろうと思います。
しかし、その者を自分の子供のように愛してくれる他人というのはそうそういないであろうと思います。
なぜならば、人を「愛する」というのは大変な仕事であるからです。

大多数の他人は、自分の身の回りのことだけで精一杯であり、好きでもない赤の他人を愛する余裕は無いだろうと思います。
したがって愛情飢餓感が満たされずに育った人が「甘え」てくると、何となく精神的な負担を感じて、甘えられた者は離れていくだろうと思います。

人から愛されたい。
でも、他人に甘えるとその人は離れていく。

こういった悪循環に陥る可能性が極めて高いため、愛情飢餓感をもつということは私はよくないことだと思っています。
よくないというか、デメリットだらけであると思います。

したがって満たされなかった愛情飢餓感は自分で満たすしかないと思います。

加藤諦三の例

また、加藤諦三氏の『やさしい人』(PHP文庫)から一つの例を挙げておきたい思います。

「やさしさ」を売り込む人がいる。
 そういう人は、こうしていれば人が「やさしい」と見てくれると期待する。
 その演技に騙されるのは、愛に飢えている人。
 それは、お腹が空いている人と同じ。何でも食べてしまう。
 二〇〇〇年に、在日ロシア大使館のボガテンコフ海軍大佐に騙されて、元海軍自衛隊の三等海佐が逮捕されたことがあった。
 彼は、息子が病気で、宗教に傾倒して病気回復の祈願をしていた。周囲の人は反対した。
 しかし、「周囲が反対する中で大佐が信心を理解してくれ」たと彼は言う。
 こうした「あなたの気持ちわかるわー」が人を地獄に連れていく。
 そして、彼はこのロシア大使館の武官に、自衛隊の機密を漏洩する。
 いかに「わかる、わかる」という「やさしさ」が危険であるかを、この事件は物語っている。

加藤諦三『やさしい人』、PHP文庫、2008年、169-170頁

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このエピソードから考えられるのは、愛に飢えている者は、その愛情飢餓感を満たそうとするあまり、身体にたとえるならば、何が自分の身体にいいのか悪いのかを考えずに食べてしまいがちであるということではないだろうか。
加藤諦三氏がどこかの本で、飢えている人はまずおかゆを食べるべきであるのに、ステーキを出してくれる人のところに行ってしまいがちであるというようなことを書いていたことも思い出しました。

愛情飢餓感を満たすことによって、誰がやさしい人で、誰が言葉はやさしいけれども、やさしくない人かも見えてくるのではないでしょうか。

愛情飢餓感はどうやって満たすか

まずは憎しみを吐き出す

では、愛情飢餓感はどのようにして満たせばいいのだろうか。
私が実際にやった方法を紹介します。

愛情飢餓感の満たされなかった者には心の底に憎しみの感情が堆積しているだろうと思われます。
なぜならば「愛する」という行為の一つは「関心をもつ」ということだからです。
つまり、愛されずに育った者は、関心をあまりもたれずに育ったということができます。
それは心に鬱憤が溜まっていたとしても、その声を聞かれずに育ったということを意味します。
したがって愛されなかった者は心の底に憎しみの感情が堆積しているであろうと考えられます。

それゆえ、愛されなかった者はまず心の中に堆積した憎しみの感情を少しずつ発散していくべきであると思います。
では、どうすればよいか。
私の場合はある時期に誰に見せるためでもなく、とにかくWordに自分の人生の恨みつらみを書きつづりました

憎しみの感情が堆積していると、自分が何に対して憎んでいるのかさえ分からないけれども、とにかく腹が立つという状態になるだろうと思います。
私の場合はそうなっていました。
そういう場合でも、とにかく手近な憎しみからでもいいから吐き出していくべきであると思います。
少しずつ吐き出していけば、自分の心も整理されていくだろうと思いますし、人に話すときも話しやすくなるだろうと思います。
話せる人がいない場合は、とにかく書いていきましょう。

そういったことをしても、私はすぐには憎しみの感情からは解放されませんでしたが、時間を掛けて少しずつ性格が軟化してきたように思います。

親代わりになるものを見つける

その次、もしくは憎しみを吐き出すのと同時進行でもよいのですが、人間以外で親代わりになる対象を見つけることが、愛情飢餓感を満たすための方法であると思います。

その対象が人間であればベストなのですが、自分に合う精神科医の先生や、カウンセラーや身近な人がいるかどうかは運次第ですし、あまり他人に甘えすぎると、先程も述べたように人間関係でのトラブルに発展してしまう可能性がありますので、ここでは人間以外の親代わりになる対象について考えてみたいと思います。

私のやった方法を述べますと、本を親代わりにしていました。
そしてどのような本を読んでいたかを紹介します。
まずは加藤諦三氏の著作から。

『自分に気づく心理学』(PHP文庫)
『心の休ませ方』(PHP文庫) 
『自分のうけいれ方』(PHP文庫) 
『不安のしずめ方』(PHP文庫) 
『やさしい人』(PHP文庫) 
『心のかよわせ方』(PHP文庫) 
などです。

加藤諦三以外では、ヒルティの『眠られぬ夜のために 第一部』(岩波文庫)眠られぬ夜のために 第二部』(岩波文庫)、M・スコット・ペックの 『愛すること、生きること』(創元社) などを読みました。
これらの本は、読んでいて安心感を覚たり、新しい発見を得たりすることができました。

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そして次に親代わりにした対象は、キリスト教の神様です。

というのもヒルティの『眠られぬ夜のために』は、キリスト教的な書物であり、この本を読んでいると「自分は神様に守られているんだ」という安心感を得ることができました。
それにより、自分は安心して生きてもよいと思えるようになりました。

したがって愛情飢餓感をを満たすための第二のステップとしては、本でも、神様でも、何でもいいから親代わりになるものを見つけることであると思います。

私もまだ完全に満たされていない

とはいえ、これだけのことをして、私は昔よりも精神的に軟化したとは思いますが、私の愛情飢餓感は、まだ完全には満たされていないと思います。

絵に関しても、やはり多くの人に見てもらえると嬉しいし、あまり見られなければ凹むという気持ちもあります。

それに、Twitterなどにも承認欲求つまり愛情欲求をもっている人も少なからず見かけますし、もしかすると、ある程度愛情欲求をもっているということは、自然なことなのではないかと思えてきました。
自然というか、完全に満たされていない人は世の中にはある程度いると思いますので、愛情飢餓感が完全に満たされていないことは特別おかしなことではないのだと思います。
完全に満たしてしまうのが理想ではありますが。

したがって、さしあたり愛情欲求が完全に満たされていないのならば、後は自分に愛情欲求が残っていることを認めて、それを人間関係でトラブルが起こらないようにコントロールできればよいのではないかと思いました。
たとえるならば、餓死しそうになって、盗みを働くように、愛情飢餓感を暴走させることにならなければ、とりあえずはよいのではないかと思いました。

結論

愛情欲求を完全に満たされずにある程度残っている人も少なからずいるだろうと考えられます。

完全に満たすことが理想ではあるが、さしあたっては、それをコントロールして、トラブルを起こすことがなければそれでいいと思います。

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